2025年3月3日、史上初の喜寿を迎えた現役最高齢選手で、自身の持つ最年長勝利記録を更新し続けるなど、長きにわたってボートレース界に貢献してきた高塚 清一選手(静岡・20機)が、3月1日に急逝していたことが報じられました。
高塚 清一選手といえば、2007年6月に史上72人目で通算2,000勝を達成し、2025年1月25日には平和島競艇場で開催された「JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念」で自身が持つ歴代最年長勝利記録を更新したほどのベテランレーサー。
3月3日現在、高塚 清一選手の情報は「BOAT RACE公式サイト」内の選手紹介ページと、「ボートレース浜名湖Official Web Site」の静岡支部選手一覧ではまだ確認できる状況であるものの、近日中に削除される見込みです。
2000年以降の確認できる範囲では、その当時からA1級で活躍しており、長年A級を維持するほどの確かな実力を見せていました。
しかし、2007年後期頃からはA級をキープすることが難しくなり、B1級へ降級。
その後なんとかA2級に1度は再昇級を果たしたものの、2014年後期にふたたびB1級へ降級してからは、A級へ復帰は叶わず。
近年では1着数も年間10回に満たないなど、全盛期のような活躍を見せることは難しくなっていました。
それでも、全盛期にはSG競争で60回の出走経験があるという記録が残っているなど、50年近くA級に昇級でき得る実力を維持していた強い選手だったことがわかります。
さらに2013年1月29日に常滑競艇場で開幕した「一般・ウインターカップ」以降の優勝歴はないものの、2022年9月7日に浜名湖競艇場で開催された「B級ボートレースメモリアル BOAT Boy CUP」では“最年長優出記録”を更新。
さらに、2023年3月5日に浜名湖競艇場で開催された「一般・薄暮だョ! 第6回 B級名人大集合 マクール杯」では「歴代最年長予選突破」を果たすと、2025年1月25日には歴代最年長勝利記録を更新するなど、2025年2月27日に多摩川競艇場で開催された「第60回 日刊スポーツ賞」最終日の第7レースまで現役最年長レーサーとして活躍を続けていました。
そして、2025年2月27日に多摩川競艇場で開催された「一般・第60回 日刊スポーツ賞」最終日の第7レースで6着となると、その後は3月4日に地元・浜名湖競艇場で開幕する「一般・第7回 薄暮だョ!名人集合 マクール杯」への出場を控えるなど、まだまだ現役選手として走り続けていくことが期待されていた矢先に飛び込んできた訃報。
20期生として1965年11月にデビューした高塚 清一選手にとって、2025年はデビュー60年目を迎える記念の年。
2023年前期に4.61あった勝率が、2024年前期には3.93まで一気に低下するなど、徐々に勝率が低下している様子は見られていましたが、2025年前期には選手生活最低勝率となる勝率3.80まで低下したものの、来期には4.12に持ち直す兆しを見せており、御年77歳といえども年齢を言い訳にすることなく、若手レーサーと肩を並べて走るなど、引退勧告を受けるような成績ではありませんでした。
しかし、ボートレース界の第一線で長年戦い続けた高塚 清一選手にすれば、年齢を重ねたことによる体力の衰えを感じていたようで、2025年2月に開催された「令和6年 優秀選手表彰式典」に都合でビデオ出演となった際、そのなかで『長いようで短いような不思議な気持ちですが、怪我無く続けられてよかったと思います。あと何カ月走れるか分かりませんが、現役であるうちは一所懸命に走りたいと思います』と語るなど、少し弱気な言葉が見られたこともありましたが、まだ現役選手として走り続ける意向を示していました。
最後まで「生涯現役」を貫いて旅立った、高塚 清一選手のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、これまでの約59年3か月間という長きにわたるご功績に敬意を表し、レジェンドが遺した偉大な記録の数々をまとめてご紹介します。
**2025年3月5日追記**
2025年3月5日、「BOAT RACE公式サイト」内にあった、高塚 清一選手のプロフィールページが削除されたことが確認されました。
これによって、日本モーターボート競走会に登録消除届が受理されたこと、選手登録の削除が行われたことが確定しました。



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高塚 清一選手のラストレース
高塚 清一選手のラストレースは、2025年2月23日~27日に多摩川競艇場で開催された「一般・第60回 日刊スポーツ賞」最終日の第7レースです。
このシリーズは、ここまで7走して2度の連絡みで舟券に貢献。
センター3コースからの進入で、“少しでも良い着順を手にしたい”という意気込みを胸に臨んだレース。
このレースでは出走選手で全国勝率2位の谷川 里江選手(3302)のイン戦、しかも大外には全国勝率No.1の静岡支部の後輩・後藤 正宗選手(3987)が控えていることで、単勝オッズは4.6倍で3番人気。
さらに3連単のオッズでは、人気トップ15の買い目がいずれも“1号艇の谷川 里江選手が1着”と予想していたものの、6番人気の1–2–3でトリに名前が挙がっていたことから、このレースで連に絡む確率もあると考えられていたことがわかります。
最終戦で舟券に絡みたいというプレッシャーがかかる条件下で、出走選手全員が自分よりも全国・当地勝率が高いという厳しい状況。
高塚 清一選手は3号艇・3コースからの進入で、コンマ37のスロースタートで出遅れたことで6着となり、最終戦では残念ながら良い結果を得ることができませんでした。
このレースの3連単2–4–5は56番人気の16,190円(161.9倍)の大穴決着でした。
最終的にはこのレースが現役最後のラストランとなり、多摩川競艇場の水面でカポックを脱いだこととなったのです。
デビューから59年3か月目のラストレースでも、これまでの選手生活と同様にファンの期待に応えて、シリーズを“無事故”で走り切れたのは、日々の努力や練習を大切にコツコツと操縦技術を磨き続けた賜物でしょう。
出走表

単勝オッズ
枠番 | 級別 | 選手名 | 単勝オッズ |
---|---|---|---|
1 | B1 | 谷川 里江 | 2.1倍 |
2 | B1 | 木場 雄二郎 | 10.2倍 |
3 | B1 | 高塚 清一 | 4.6倍 |
4 | A2 | 渡辺 豊 | 5.8倍 |
5 | B1 | 乃村 康友 | 10.2倍 |
6 | A2 | 後藤 正宗 | 3.6倍 |
3連単オッズ
買い目(人気順) | オッズ(倍) |
---|---|
1–2–4(1番人気) | 12.5 |
1–4–6(2番人気) | 12.7 |
1–4–2(3番人気) | 16.5 |
1–2–6(4番人気) | 22.0 |
1–4–5(5番人気) | 24.0 |
1–2–3(6番人気) | 25.2 |
レース結果

高塚 清一選手が“歴代最年長勝利記録”の更新
高塚 清一選手が歴代最年長勝利記録を更新したのは、2025年1月20日~25日に平和島競艇場で開催された「一般・JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念」最終日の第9レースです。
このシリーズは、ここまで9走して1着はありませんでしたが、7度の連絡みで舟券に貢献。
絶好枠のインコースからの進入で、“歴代最年長勝利記録の更新”が期待されたレース。
今節2勝をマークしているA2級の中村 辰也選手(4523)が隣のコースに配置されているということで、単勝オッズは2.8倍で2番人気。
さらに3連単のオッズでは、人気トップ6の買い目がいずれも“1号艇の高塚 清一が連に絡む確率が高い”と予想していたことから、このレースで高塚 清一選手は「舟券絡みの有力候補」と考えられていたことがわかります。
勝利へのプレッシャーがかかる条件下で、出走選手全員が自分よりも全国勝率が高いという厳しい状況。
高塚 清一選手は1号艇・1コースからの進入で、コンマ18のトップスタートからイン戦速攻で押し切って1着となり、見事に“歴代最年長勝利記録”をを77歳10か月と19日に更新。
このレースの3連単1–2–4は7番人気の2,190円(21.9倍)でした。
高塚 清一選手と出走選手でもっとも若い33歳の花本 剛選手との年の差はなんと44歳。
花本選手がうまれた時にはすでにボートレーサーとして約26年のキャリアを積んでいたと考えると、これだけの年齢差がある選手がともに競えるボートレースって夢のある競技ですよね。
出走表

単勝オッズ
枠番 | 級別 | 選手名 | 単勝オッズ |
---|---|---|---|
1 | B1 | 高塚 清一 | 2.8倍 |
2 | A2 | 中村 辰也 | 2.0倍 |
3 | A1 | 大瀧 明日香 | 4.7倍 |
4 | A2 | 三宅 潤 | 6.8倍 |
5 | B1 | 永嶋 裕一 | 16.8倍 |
6 | B1 | 花本 剛 | 14.6倍 |
3連単オッズ
買い目(人気順) | オッズ(倍) |
---|---|
2–1–3(1番人気) | 12.9 |
1–2–3(2番人気) | 15.2 |
2–3–1(3番人気) | 17.6 |
2–1–4(4番人気) | 18.0 |
2–3–4(5番人気) | 18.4 |
1–3–2(6番人気) | 21.8 |
レース結果

【3月5日追記あり】高塚 清一選手の選手情報に関するページは削除される見込み
高塚 清一選手の訃報が報じられた2025年3月3日。
下記の2つの情報源で「高塚 清一選手のプロフィールページ」の確認可否を調査しました。
- BOAT RACE公式サイト内のプロフィールページ
- ボートレース浜名湖Official Siteの静岡支部選手プロフィールページ
2025年3月3日時点で、それぞれのサイトで“高塚 清一選手のプロフィールページ”を確認することまだ可能なのか…その調査結果をご紹介します。
【3月5日追記あり】ボートレース公式サイト内のプロフィールページ
2025年3月3日時点ではままだ「BOAT RACE公式サイト」内のプロフィールページは削除されていないことが確認できました。
現在、高塚 清一選手のプロフィールページにアクセスすると、今までのように情報が閲覧可能な状態であり、2025年3月23日~28日まで入っていた斡旋が削除されずに残っている状態です。
しかし、高塚 清一選手の訃報が報じられた以上、手続きが完了次第、近日中に閲覧できなくなる見込みです。
同サイト内の検索機能を利用して“選手名”や“登録番号”で検索しても、『※ データが存在しないのでページを表示できません。』と表示されて、以前のように情報を閲覧できない状態になるのはとても名残惜しいので、ここにデータとして残しておくこととします。




**2025年3月5日追記**
2025年3月5日、「BOAT RACE公式サイト」内にあった、高塚 清一選手のプロフィールページが削除されたことが確認されました。
これによって、日本モーターボート競走会に登録消除届が受理されたこと、選手登録の削除が行われたことが確定しました。


ボートレース公式サイト内で訃報が発表される
2023年3月3日、BOAT RACE公式サイト内の「お知らせ」で高塚 清一選手の訃報が発表されました。
これまでの約60年という長い選手生活の戦績や、ボートレース界への貢献への感謝が綴られています。
このような発表はとてもめずらしく、現役選手のまま旅立たれた高塚 清一選手への敬意と哀悼の意を表したものであるとわかります。
それだけ偉大な選手であったことがよくわかる内容ですね。

登録第2014号 高塚 清一選手(静岡)の訃報について
2025/03/03
令和7年3月1日(土)に、現役ボートレーサー:登録第2014号 高塚 清一(たかつか せいいち)選手〔B1級・20期生・静岡 77歳〕が亡くなりました。
同選手は、昭和40年9月27日に第20期生として選手登録され、約60年間の選手生活で、13461走し通算2398勝をあげていました。
昨年、喜寿を迎え、長きにわたって最高齢選手として、ボートレース業界に貢献いただきました。
これまでのご功績に敬意を表し、心からご冥福をお祈りいたします。
ボートレース浜名湖Official Siteの静岡支部選手プロフィールページ
高塚 清一選手の情報は「BOAT RACE公式サイト」内からいまだ削除されていないため、2025年3月3日現在も「ボートレース浜名湖Official Site」で情報を確認することができます。
今回とはケースが違いますが、一般的に情報が先序される“引退”の場合は、引退が報じられてから、情報が削除されるのは一定期間を経過した後に行われることが多いので、最後に確認しておきたい方は早めのアクセスをおすすめします。
こちらについても、情報を閲覧できない状態になるのはとても名残惜しいので、ここにデータとして残しておくこととします。

ボートレース浜名湖Official Site内で訃報が発表される
2023年3月3日、BOAT RACE公式サイト内の「お知らせ」と同様に、翌日には「ボートレース浜名湖Official Site」内のインフォメーションで高塚 清一選手の訃報が発表されました。
こちらにも、これまでの約60年という長い選手生活の戦績や、ボートレース界への貢献への感謝が綴られています。
やはり静岡支部の所属選手だけあり、こちらの方がより詳しく記載されている印象です。
このような発表はとてもめずらしく、現役選手のまま旅立たれた高塚 清一選手への敬意と哀悼の意を表したものであるとわかります。
それだけ偉大な選手であったことがよくわかる内容ですね。


静岡支部所属 登録第2014号 高塚 清一選手(静岡)の訃報について
2025.3.4
令和7年3月1日(土)に、静岡支部所属の現役ボートレーサー 登録第2014号 高塚清一選手が逝去されました(享年77歳)。
同選手は、1965年11月4日にボートレース浜名湖で初出走、約60年間の選手生活で、13,461走し通算2398勝をあげる活躍をされました。
長きにわたって最高齢選手として、ボートレース浜名湖並びにボートレース業界に多大なる貢献をいただきました。
これまでのご功績に敬意を表し、心からご冥福をお祈りいたします。デビュー 1965年11月4日 浜名湖
初優勝 1967年11月2日 桐生
通算成績 出走回数 13,461走
1着回数 2,398勝
優勝回数 47回
登録第2014号 高塚 清一選手(静岡)を偲ぶ献花台の設置について
令和7年3月1日(土)に、静岡支部所属の現役ボートレーサー 登録第2014号 高塚清一選手が逝去されました(享年77歳)。
同選手は、1965年11月4日にボートレース浜名湖で初出走、約60年間の選手生活で、13,461走し通算2398勝をあげる活躍をされました。
長きにわたって最高齢選手として、ボートレース浜名湖並びにボートレース業界に多大なる貢献をいただきました。
これまでのご功績に敬意を表し、関係者一同心からご冥福をお祈りいたします。
つきましては、ご逝去されました高塚選手を偲び、下記日時の間におきまして、中央入場門横(入場ゲート前インフォメーション側)に献花台を設置いたします。
《日時》
令和7年3月6日(木)~3月9日(日) 開門~浜名湖第12レース終了まで
《場所》
中央入場門横(入場ゲート前インフォメーション側)
《お願い》
大変恐縮ではございますが、お花以外の御供物、御香典などはご遠慮いただきますようお願い申し上げます。
※献花台のみとなりますので、記帳台はございません。引用元:静岡支部所属 登録第2014号 高塚 清一選手(静岡)の訃報について(ボートレース浜名湖Official Web Site)
「ボートレース殿堂」および「ボートレースマイスター」とは?
訃報が報じられている以上、登録消除手続きが完了次第、「BOAT RACE公式サイト」内のプロフィールページと「ボートレース浜名湖Official Site」内の静岡支部所属選手一覧から削除されることは確実です。
しかし、ボートレース界でこれだけの功績が認められているということは、今後「ボートレースの殿堂」や「ボートレースマイスター」として認定されるかにも注目が集まるのではないでしょうか。
ちなみに同時期に最年長記録を争った元ボートレーサーの加藤 峻二さんは2022年に“殿堂者”として認定されています。
直近である2024年に認定された“殿堂者”は、福永 達夫さん(2205・山口)と、同じく新たに認定された“マイスター”は、横西 奏恵さん(3774・徳島)です。
しかし、高塚 清一選手の場合は“現役選手のまま”の旅立ちであり、引退とは違ううえ、SG競争やG1競争での華々しい戦績がないことがネックになるため、どのような結果となるのか注目しましょう。
最後に「ボートレース大村Official Site」内に“ボートレース殿堂”についての記載がありましたので一緒にご紹介します。
「ボートレース殿堂」および「ボートレースマイスター」とは
「ボートレース殿堂」及び「ボートレースマイスター」は、ボートレース界で特に顕著な活躍をしたり、ボートレース界の発展に大きく寄与した「元選手」に対し、その功績を称え顕彰するために、ボートレース大村が平成19年GI名人戦開催を記念して創設したものです。
平成19年は、名人戦の企画として、全国のレース場、場外発売場でファン投票及び有識者による選考で決定されました。平成20年以降については、有識者により決定されております。また、この制度についてはボートレース大村の独自企画であります。引用元:「ボートレース殿堂」および「ボートレースマイスター」とは(BOAT RACE大村Official Web Site)
WEBニュースで訃報が報じられる
2025年3月3日に「Yahoo!JAPANニュース」をはじめとする多くのニュース記事で高塚 清一選手の訃報が報じられました。
報道はいたってシンプルなものでしたが、訃報が現実であることを実感する内容となっています。
また、寄せられたメッセージの多さは私が今まで調べてきた中で最も多く、300件を超える賞賛と感謝の声が印象的でした。
ボートレースを愛し、ボートレースだけではなくファンと選手の両方から愛された偉大な存在が旅立ったことは誠に残念でなりません。
しかし“生涯現役”を貫き通した、レジェンドの姿から、グレードレースで結果を残すだけではない、約60年間ずっと大きな怪我をすることなく走り続けたからこその賛辞があったように感じます。
【ボートレース】現役最年長レーサーの高塚清一選手が死去
【ボートレース】現役最年長レーサーの高塚清一選手が死去
3/3(月) 15:07配信
現役最年長レーサーだった高塚清一さん(報知新聞社) 現役最年長ボートレーサーの高塚清一さん(77)=静岡支部=が1日に死去していたことが3日、分かった。
日本モーターボート競走会が発表した。
2月17日に都内で開催された令和6年優秀選手表彰式では「業界初となる喜寿を迎えた現役最高齢選手で、自身の持つ最年長勝利記録を更新し続けるなど、長きにわたりボートレース業界に貢献した」として特別賞を受賞していた。
1月25日の平和島・一般戦、最終日9Rでは1コースから逃げて勝利。
最年長勝利記録を更新したばかりだった。
この記事に対するファン哀悼の言葉は次のとおりです。

ボートレースは男女、年齢関係なく同じ土俵で戦える競技で、それが魅力の一つだと思います。
その一方で、引退して穏やかな余生を暮らすこともできたはずなのにこの方は生涯現役を貫いた。
それだけ、ボートレースを愛していたのでしょうかね。偉大な方でした。
ご冥福をお祈りします。



77才と言えば、人生そのものの引退もある年齢。
高塚さんはプロのレーサーとして、未だ現役で、しかも先月は若手を相手に勝利まで挙げておられた。
ボートレーサーは特に足腰が強靭でなければターンで掛る強烈な遠心力に踏ん張れないと聞く。
77歳になった今もそれを維持していたということで、驚きしかない。
ご冥福をお祈りいたします。



原因は書いてないし先週まで普通に走ってたんだから本当に突然だったんだろうな。
デビューの1965年って言ったらビートルズがHELP出したころですよ、この人は素晴らしい体力と精神力を持ってたんです。
御冥福をお祈りします。



2月27日、多摩川競艇場で周回展示するあなたに、敬意を込めて手を振っていたんですよ。
その二日後に逝ってしまうなんて、今でも信じられませんし信じたくありません。あまりにも急過ぎます。
これまで本当にお疲れ様でした。
あなたの功績はこれからも長く後輩によって語り継がれることでしょう。
ご冥福お祈りします。



先日まで多摩川走っていたじゃないですか。
明日から地元浜名湖に服部幸男と共に斡旋される予定だったはず。
ボート歴42年の自分は始めた頃ランナバウトというボートがあり、父親から高塚から買えば間違い無いと言われて大外からにも関わらず、コーナー毎に1艇ずつ交わして最後にトップになった姿を今でも覚えてます。
何が原因かは分かりませんが、突然過ぎます。
生涯現役を貫いた正に「鉄人」です。ご冥福をお祈りします。
このほかにも、ボートレースのCMを機に競艇をよく知らない方からもメッセージが寄せられるなど、多大なる影響力を持った選手であったことがわかります。



最近ボートレースのCMに笹野高史さんが出るようになって、「え〜?いくらボートレースとはいえ笹野さんくらいの歳の人はいないでしょ〜」って思わず声に出してしまったんだけど、いやいやいらっしゃったんだねぇ! それも亡くなる直前までレースに出ていた現役バリバリ!
素晴らしいです。
急に亡くなってしまった訳はわからないけれど、本当に2日前までお元気に出場されてたなんてレーサーとして本望なんじゃないかな。
もちろんこれからもずっと現役を続けて最高齢記録を更新していくつもりだったと思うし無念でもあるでしょう。
ボートレースの事あまり知らないし、高塚さんの事もこの記事で初めて知った者ですが、長年の貢献に敬意を表すとともにご冥福をお祈り致します。
【ボートレース】高塚清一選手が死去 77歳・現役最年長 今年1月に勝って最年長勝利記録更新も…
【ボートレース】高塚清一選手が死去 77歳・現役最年長 今年1月に勝って最年長勝利記録更新も…
3/3(月) 15:09配信
今年1月25日、平和島9Rを勝ち、通算2398勝目を挙げて笑顔を浮かべた高塚清一さん(スポーツニッポン新聞社) 日本モーターボート競走会は3日、静岡支部所属の現役最年長ボートレーサー、高塚清一(たかつか・せいいち)さんが1日に亡くなったと発表した。77歳だった。
高塚さんは2月27日に多摩川ボートで走っており(7R6着)、関係者にとって寝耳に水の訃報となった。
1947年(昭22)3月7日生まれ、静岡県出身。浜名湖ボートを見て、ボートレーサーを志した。65年11月、初めてボートレースにふれた浜名湖でデビューした。
SGなどの華やかなタイトルとは無縁だったが、長く第一線でボートレースを盛り上げ続けた。
今年1月25日には平和島最終日9Rを勝ち、昨年11月戸田以来となる通算2398勝目を挙げ、自身が持つ最年長勝利記録を77歳10カ月19日に更新していた。直近の優勝は13年1月のとこなめだった。通算1万3461走して47Vをマークした。
長くボートレース界に貢献してきたことを評価され、昨年、「令和6年優秀選手」の特別賞を受賞。式典は欠席したが、VTR参加の中で、思い出に残るレースとして13年1月のとこなめの優勝戦を挙げた。「あの時は食あたりして寝込んで体重が減っていた。それが減量となってエンジンが出た」と語って会場を笑わせ、陽気な一面を披露した。
この記事に対するファン哀悼の言葉は次のとおりです。



年齢を重ねてくるとこういった方々の頑張りが凄く励みになると同時に、その歳でスゲーよなって驚きがあります。
そして気づきます私ももう少し努力してがんばろうって。
本当にご苦労さまでした。



27日までレースされていて、1日に亡くなられたのか衝撃的すぎて
まだまだ現役で頑張るみたいな話をされてたのに
牡蠣に当たって減量できて勝てた、って話をされてたのに
あんなにお元気そうに笑われてたのに 寂しいです



レジェンドさよなら。
私の生まれ年から 活躍されてた正に伝説。
短く輝く人も、長く活躍する人も、77歳まで現役は凄いわ。
ボートレースは夢がある。若い人達頑張れよ。



SGを獲る?グランプリを獲る?
その前に廻りから尊敬されて選手を永く続けられる戦士になってほしいと若い選手たちに強く言いたいです。
皆んな!高塚清一の後に続けぇ!



明日から、ボートレース浜名湖斡旋だったのに、天国への斡旋に代わったんですねお疲れ様でした。ゆっくりお 休みください。
このほかにも、ボートレースのCMを機に競艇をよく知らない方からもメッセージが寄せられるなど、多大なる影響力を持った選手であったことがわかります。



この方がCMで笹野さんが演じている実際の人だったんですね。
ボート全くしらないので本当にこの歳まで乗れるのかよと思ってました。
車の運転も危うい人がいる中で本当にすごいです。
マジのレジェンドですね。 ご冥福をお祈りします。
【ボートレース】現役最高齢レーサーの高塚清一選手が死去
【ボートレース】現役最高齢レーサーの高塚清一選手が死去
3/3(月) 19:57配信
3月1日に亡くなった高塚清一選手 日本モーターボート競走会は3日、現役ボートレーサーで最高齢の高塚清一選手(77)=静岡・20期=が3月1日に亡くなったと発表した。
高塚選手は1947年3月7日生まれ。業界初の喜寿を迎えた現役最高齢選手として、自身が持つ現役最年長勝利記録を更新し続け、2月17日に行われた2024年優秀選手の表彰式では特別賞も受賞していた。
1965年11月4日に浜名湖でデビュー。そのデビュー節で初1着。67年の桐生一般戦で初優出、初優勝を飾った。生涯成績は1万3461走2398勝。245優出で優勝は47回。獲得賞金は9億2638万5247円。
2月27日の多摩川ボート最終日7Rが最後のレースとなった。葬儀・告別式は非公表。
この記事に対するファン哀悼の言葉は次のとおりです。



3月7日が誕生日ということもあって、あと少しで78歳だったのに・・・。 かつて本人が言ってた「生涯現役」と言う言葉通りになったことだけでも幸せだったことを思いたい。 お悔やみ申し上げます。



若い人は知らないかもしれないが、ランナバウトの達人だった。
もし今もあったら、まだまだ勝てる選手だった。残念です。



え?なんで?先日まで普通に走ってたのに…。
何か患っていたとか聞いたこともなく健康に人一倍気をつけていた鉄人のイメージだった。
なんでだよぉ…



もうそろそろかなと言っていたらしいので、引退して疲れを癒して欲しいと思ってた。残念です。



想像以上に過酷なボートレーサー。出場される度に関心していた。本当に凄い。
詳細が公表されないのが残念だが、ごゆっくりおやすみください。



90歳まで現役でいて欲しかった。 ひ孫世代を相手にレースをする姿が見たかったです。
記事に寄せられたコメント
報道はいたってシンプルなものでしたが、現役最年長でボートレース界で史上初の喜寿を迎えたレジェンドレーサーの旅立ちとあって、『長年の活躍を労う声』や『その偉大さを語る声』、『選手やファンに愛さたエピソード』『素晴らしい人柄に関する声』など多くのメッセージが寄せられていました。
ファンだけではなく、多くの後輩選手や記者にまで愛された、素敵な人柄の持ち主だったことがわかります。
また、これらのメッセージが、空のうえで休んでいるであろう高塚 清一選手選手ご本人に届けば、選手冥利に尽きるこの上ない喜びだと感じてくれることでしょう。



ボートというのは本人が望めばいつまでもいられる世界ではなく、成績が出せなければ強制引退になってしまうんです。
これが企業の運営するスポーツチームなら成績が伴わなくても看板として採用する事もありえますし、同じ公営競技でも競馬なら、馬主の支持が得られればそこまで成績が伴わなくても続けられる可能性もあります。
しかしボートは規則なので成績が伴わずに残留はあり得ない話、それを今まで一定水準以上の成績を残し続けて現役で居続けたのは本当に偉大です。
高塚選手、本当にお疲れ様でした。



77歳まで現役を貫かれた高塚清一選手に最大限の敬意を払いたい。
次節斡旋の蒲郡で高塚選手のレースを観られるのが当り前だと思っていました。
ダッシュ戦(特に4カドから)で果敢に攻めるレーススタイルが大好きでした。
レースに対してはどこまでもストイックで、ファンや関係者の方々に対しては優しく紳士に接していらっしゃる姿に好感しかないです。
生涯高塚選手のファンです。
高塚清一選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。



最後の出場となった多摩川で取材させていただいた者です。
勝っても負けても多くを語らず、レースで他艇から不利を受けて着順を落とした時も、決して相手を批判せず、言い訳を聞いたことはありませんでした。
3日目に2着に入った時はプロペラの調整がうまくいったようで、「あはは!」と高笑い。
上機嫌に話してくれたのは初めてだっただけに、強く印象に残っています。
数年前に自分の父親と同い年だと伝えた際は、息子さんと自分も同い年だとというのが分かって盛り上がり、「お前も頑張れ」と励まされたのも忘れられない思い出です。
今月に誕生日を迎えてまだまだ水面で躍動する姿を見せてくれると思っていたのに突然のお別れとなってしまったのはとても寂しいですが、高塚さんと関われて幸せでした。
感謝申し上げます。お疲れ様でした。



友人である静岡支部の選手と一緒に飲んでいる時に、
そこに居合わせた別の友人が高塚清一選手のことをおじいちゃん扱いした。
年齢の揶揄をしただけで誹謗中傷の類ではなかったのだが、
『高塚さんのことを悪く言ったら絶対に許さない』
『あんたに高塚さんの何がわかるんだ!』 と激怒。
幸いすぐに誤解はとけたのだが、後輩選手にここまで慕われているのかと実感できた出来事だった。
浜名湖ファンとしては誇りだっただけに残念でならない。
長いことお疲れ様でした 御冥福を心よりお祈り致します。
高塚 清一選手は病気だったのか?
現在まで、高塚 清一選手の訃報について詳細は報じられていません。
もちろん、2025年2月27日のラストランでも“病気”や“ケガ”といった情報はなく、最終戦でも無事故完走しています。
さらに高塚 清一選手はもとから健康にとても気を遣うタイプの選手であったことから、意図せぬ“急な病”や“不慮の事故”という可能性が高いでしょう。
今となっては、高塚 清一選手の詳細について知る術はありません。
それに“葬儀・告別式は非公表”と同様に、ご遺族の意向で詳細を公にしていない可能性が高いため、高塚 清一選手への敬意を感じることのできるファンであれば、そこはそっとしておいても良いのではないでしょうか。
大事なのは「偉大なレジェンドが生涯現役で戦い抜いたという事実」と「ファンに多くの感動や楽しみを与えてくれたことへの感謝」だと思います。
高塚 清一選手の基本情報
名前(フリガナ) | 高塚 清一 (タカツカ セイイチ) |
登録番号 | 2014 |
生年月日 | 1947年3月7日 |
身長 | 164cm |
体重 | 54kg |
血液型 | O型 |
支部 | 静岡 |
出身地 | 静岡県 |
登録期 | 20期 |
級別 | B1級 |
最終出走日 | 2025年2月27日 |
没年月日 | 2025年3月1日(享年77歳) ※生涯現役を貫いたため、引退日は命日となります。 |
高塚 清一選手は1947年生まれ、静岡支部所属のB1級レーサー。
ボートレース史上、最も長い期間を選手として戦い続け、2025年3月1日に亡くなるまで御年77歳を数えた「最年長選手」でした。
※それまでの「最年長選手」は2015年5月7日に引退をした埼玉支部の5期・元ボートレーサーの加藤 峻二さんで、17歳のデビューから73歳まで現役で活躍していました。
高塚 清一選手の特徴は、センターやアウトコースから進入時にスリットで先手を取って、内側の艇をつぶすように旋回する戦法であり、「かまし屋」とも称されていました。
そのようなレーススタイルと、先進的な旋回技術であったモンキーターンをいち早く取り入れた先見の妙もあり、20期の同期で元ボートレーサーの野中 和夫さんや永松 栄さんと共に「若手三羽ガラス」と呼ばれていたほど。
SG競争やG1競争といったビッグタイトルとは無縁の存在でしたが、大きな怪我もなく、2025年3月1日に亡くなるまで現役選手として「現役最年長記録」を更新し続けました。
2013年1月25日~29日に常滑競艇場で開催された「一般・ウインターカップ」で4コースからコンマ12のトップスタートを決めて、鮮やかな差しを決めると、当時65歳10か月で優勝を掴んだというレジェンドレーサーです。
この記録は当時の「最年長優勝記録」であったものの、その後、埼玉支部の5期・元ボートレーサーの加藤 峻二さん(1485)が2013年3月25日に当時71歳2か月で通算120回目の優勝を達成したことで記録を更新されています。
そのほかにも、2020年7月12日に津競艇場で行われた「一般・DMM.com杯争奪!バッチこいカップ」3日目の第2レースで逃げ切って、73歳4か月5日で当時の「歴代最年長勝利記録」を更新しただけでなく、同年8月1日には当時の「現役最年長記録」も更新。
※それまでは加藤峻二さんが保持していた73歳3か月24日が「歴代最年長勝利記録」でした。
さらに、その後も2022年9月7日に浜名湖競艇場で行われた「一般・B級ボートレースメモリアル BOAT Boy CUP」において、同レースに出場していた峰 竜太選手と共に優勝戦に進出し、自身が持つ「最年長優出記録」を73歳6か月に更新。
そして、2023年3月5日に浜名湖競艇場で開催された「一般・薄暮だョ! 第6回 B級名人大集合 マクール杯」では、再度の「最年長優出記録」の更新で記録を75歳11か月に延ばすなど、年を重ねてもその闘争心はまだまだ衰えず。
直近では、2025年1月25日に平和島競艇場で開催された「JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念」最終日の第9レースで、自身が持つ「歴代最年長勝利記録」を更新して、記録を77歳10か月19日に更新するとともに、20期生で唯一の現役選手として「現役最年長記録」の更新を続けていました。
※現在の「現役最年長記録」を有しているのは、32期の高橋 二朗選手(2538)で、それに続くのが43期の富山 弘幸選手(2878)です。
しかし、2025年3月3日、高塚 清一選手の突然の訃報が報じられます。
詳細については知らされていませんが、約59年3か月間の選手生活での通算出走回数は13,461走、うち1着回数は2,398勝、通算245優出で優勝は47回、生涯獲得賞金は9億2,638万円5,247円という記録を残しています。
現役生活最後のレースは、2025年2月27日に多摩川競艇場で開催された一般戦「第60回 日刊スポーツ賞」最終日、第7レースの6着。
まさに「生涯現役」を貫き、SG競争やG1競争での輝かしい経歴とは違った素晴らしい功績で、競艇史に大きな爪痕を残した偉大なレジェンドレーサーでした。
最近では、2025年のボートレースCMシリーズ「ボートレース だれもが躍動するスポーツ」編で俳優の笹野 高史さんが演じる“ササノ”のモデルとして、ボートレースを知らない人にも認知される存在となりました。
予告編のCM中で笹野さんが語られているとおり、『ボートレースはフィジカルとテクニックだけではない、恐れずに挑み続ける強い心が必要だ』『ボートレーサーでいる限り、私は一生挑戦し続ける』この言葉どおり、プロとして60年走り続ける人生を選択した高塚 清一選手。
今、このCMを見ると胸にグッとこみ上げてくるものがあります。
- 【予告篇】実話を基にしたCMスピンオフ『ワタシが躍動できるワケ ササノの場合』予告篇|2025ボートレースCM
【ボートレース】2人合わせて152歳、史上初70代ワンツー決着!高塚清一1着&高橋二朗2着/津
【ボートレース】2人合わせて152歳、史上初70代ワンツー決着!高塚清一1着&高橋二朗2着/津
[2024年6月18日12時26分]
津2Rで勝利した高塚清一 <津ボート:マスターズリーグ>◇G3◇初日◇18日
2Rでボートレースの歴史に残るワンツーが決まった。
1枠の高塚清一(77=静岡)がイン逃げで1着。2枠の高橋二朗(75=東京)が2Mを果敢な握りマイで長谷川巌に競り勝って2着。2人合わせて152歳の古豪レーサーが上位を独占した。勝った高塚は「前節(戸田)でフライングを切ったばかりだったし、スタートが怖かったけど、勝てて良かったよ」と、満面の笑みを浮かべながら通算2395勝目を振り返った。引用元:【ボートレース】2人合わせて152歳、史上初70代ワンツー決着!高塚清一1着&高橋二朗2着/津 – ボート : 日刊スポーツ
【平和島ボート JESCOカップ】高塚清一 最年長1着記録を更新
【平和島ボート JESCOカップ】高塚清一 最年長1着記録を更新
[ 2025年1月25日 15:53 ]
最終日の9Rで通算2398勝を挙げた高塚清一 ボートレース平和島の6日間シリーズ「JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念」の最終日9Rで高塚清一(77=静岡)がイン逃げを決めて1着。前節の戸田一般戦2日目の3R以来となる勝利で、通算2398勝目。自身が持つ最年長勝利記録を77才10カ月に更新した。
レースを終えてピットに帰投すると「スタートが早いなと思って行ったけど遅かったね。でも良かった。エンジンさまさまだよ」と笑顔。ハイパワーを誇る相棒の72号機に感謝しきりだった。
なお、前期はフライングを2本切って、ここが60日のF休み明け。久々の実戦だったにもかかわらず、今節は10戦で8回の舟券絡みと元気いっぱいの走りを披露した。この後は2月5日からの宮島一般戦に出走予定だ。
- レーサー人生60年!鉄人・高塚清一の航跡!│BOATCAST NEWS 2025年3月4日│
- 77歳最年長レーサー 高塚清一 今年の自身初勝利を決める!│BOATCAST NEWS 2025年1月25日│
- 高塚清一 最年長優勝に挑む!!│BOATCAST NEWS 2023年3月7日│
- 記録更新を続ける驚異の75歳!巨匠・高塚清一 最年長予選突破!│BOATCAST NEWS 2023年3月5日│
高塚 清一選手の過去戦績と歴代最年長記録
高塚 清一選手の主な戦歴と歴代最年長記録は以下のとおりです。
日付 | レース名 | レース場 | グレード | 戦績・概要 |
1965年11月4日 | (タイトル不明) ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 浜名湖 | 一般 | デビュー |
1965年11月 | (タイトル不明) ※デビュー節 ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 浜名湖 | 一般 | 初勝利 |
1967年11月2日 | (タイトル不明) ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 桐生 | 一般 | 初優出 |
1967年11月2日 | (タイトル不明) ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 桐生 | 一般 | 初優勝 |
1968年7月 | - | - | - | A級に初昇級 ※当時はA・B・C級の3階級制 |
1969年8月 | (タイトル不明) ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 常滑 | G1 | G1初出走 |
1970年3月6日 | 第5回 総理大臣杯争奪 鳳凰賞競走(ボートレースクラシック) | 住之江 | SG | SG初出場 |
1986年12月 | (タイトル不明) ※1997年5月1日以前のため、詳細不明 | 平和島 | 一般 | 通算1,000勝達成 |
2007年8月18日 | 中日スポーツ後援 湖西市開催43周年記念 黒潮杯 | 浜名湖 | 一般 | 史上72人目の通算2,000勝達成 |
2013年1月29日 | ウインターカップ ※2013年3月25日に元ボートレーサーの加藤 峻二さんが71歳2か月に更新 | 常滑 | 一般 | 当時の最年長優勝記録 ※当時65歳10か月 |
2015年5月 | - ※元ボートレーサーの加藤 峻二さんが引退したことで、現役最年長レーサーになる | - | - | 現役最年長記録の更新 |
2020年7月12日 | DMM.com杯争奪!バッチこいカップ ※73歳4か月5日で加藤 峻二さんの「歴代最年長勝利記録」を更新 | 津 | 一般 | 歴代最年長勝利記録の更新 |
2022年9月7日 | B級ボートレースメモリアル BOAT Boy CUP ※73歳6か月に更新 | 浜名湖 | 一般 | 最年長優出記録の更新 |
2022年8月1日 | - ※73歳3か月25日で加藤峻二さんの「歴代最年長勝利記録」を更新 | - | - | 現役最年長記録の更新 |
2023年3月5日 | 薄暮だョ! 第6回 B級名人大集合 マクール杯 ※75歳11か月に更新 | 浜名湖 | 一般 | 歴代最年長優出記録 |
2025年1月 | - ※業界初となる喜寿を迎えた現役最高齢選手で、自身の持つ最年長勝利記録を更新し続けるなど、長きにわたりボートレース業界に貢献した」というのが選出理由 | - | - | 令和6年優秀選手 特別賞を受賞 |
2025年1月25日 | JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念 ※77歳10か月19日に更新 | 平和島 | 一般 | 歴代最年長勝利記録 |
2025年2月27日 | 第60回 日刊スポーツ賞 | 多摩川 | 一般 | 現役最年長出場記録 ※2025年3月1日逝去 |
2025年3月1日 | - ※77歳11か月は現時点でのボートレース界における現役最年長記録 | - | - | 現役最年長記録 ※2025年3月1日逝去 |
高塚 清一選手は、1965年11月4日に静岡支部のホームプール・浜名湖競艇場で開催された一般戦でデビューを飾り、その節で初勝利。
そして、デビューから2年後の1967年11月に桐生競艇場で開催された一般戦で初優勝を果たすと、2007年8月18日に浜名湖競艇場で開催された「一般・中日スポーツ後援 湖西市開催43周年記念 黒潮杯」6日目の第1レースで史上72人目となる通算2,000勝を達成しました。
G1競争以上のグレードレースで見ると、1969年8月に常滑競艇場でG1初出走、1970年3月に住之江競艇場で開催された「第5回 総理大臣杯争奪 鳳凰賞競走(ボートレースクラシック)」でSG初出場を果たしています。
なお、1996年以前のことで詳細についてはわかりませんでしたが、全盛期にはSG競争で60回の出走経験があるという記載もあることから、高塚 清一選手が確かな実力を有していたことがわかるでしょう。
また、2000年後期以降の記録になりますが、その当時からA1級で活躍しており、2014年後期以降はA級への再昇級を果たすことは叶いませんでした。
しかし、2014年後期にB1級へ降級するまではA2級とB1級を行き来していたため、50年近くA級に昇級でき得る実力を維持していた強い選手だったことがわかります。
2000年後期には優勝1回・優出5回という戦績を積み上げて、確認できる範囲では自己最高勝率となる6.36を記録。
最近では、勝率が4.00を切ることはありますが、4期通算3.80以下になることはなく、2022年9月7日に浜名湖競艇場で開催された「B級ボートレースメモリアル BOAT Boy CUP」では当時の“最年長優出記録”を73歳6か月に更新。
さらに、2023年3月5日に浜名湖競艇場で開催された「一般・薄暮だョ! 第6回 B級名人大集合 マクール杯」では自身が更新した“歴代最年長優出記録”を75歳11か月に再更新し、2025年1月25日には歴代最年長勝利記録を77歳10か月19日に更新するなど、2025年2月27日に多摩川競艇場で開催された「第60回 日刊スポーツ賞」最終日の第7レースまで現役最年長レーサーとして活躍を続けていました。
しかし、このレースを最後に2日後の2025年3月1日に享年77歳で突然すぎる逝去。
最後まで「生涯現役」を貫かれた、高塚 清一選手のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、たくさんの競艇ファンとボートレーサーに愛され、ボートレースを愛し続けたレジェンドの軌跡と功績に謹んで哀悼の意を表します。
【高塚 清一選手の主要獲得タイトル】
- 現役最年長記録(2025年)※2025年3月1日、77歳11か月で逝去
- 歴代最年長勝利記録(2025年)※77歳10か月に更新
- 歴代最年長予選突破記録(2023年)※75歳11か月に更新
- 最年長優出記録(2022年)※73歳6か月に更新
- 歴代最年長優勝記録(2013年1月29日)
※2013年3月25日に元ボートレーサーの加藤 峻二さん(1485)が記録を71歳2か月で更新した - 特別賞(2024年)
高塚 清一選手に師匠や弟子はいない
高塚 清一選手の師匠や弟子についても調査しましたが、特定の師匠や迎え入れた弟子の情報を見つけることはできませんでした。
若手時代は強者揃いの静岡支部で多くの先輩方が操縦・整備する姿を見て、時に指導を受けながら、練習に励んで技術を磨いたのでしょう。
そして、多くの後輩に尊敬されていたというエピソードから、特定の弟子はいなくとも、多くの静岡支部の後輩やボートレース界の後進が高塚 清一選手の背中から学ぶものがあったに違いありません。
そんな高塚 清一選手にまつわるエピソードをご紹介します。
後輩選手に見せていたボートレースと真摯に向き合う姿勢
高塚 清一選手の人間性やボートレース真摯に向き合う姿勢について、日刊スポーツによくわかる記事がありましたのでご紹介します。
心の底からボートレースを愛し、妥協を一切許さない職人だった。常に背筋をぴんと伸ばして歩く姿は実にりりしく、年齢を全く感じさせないかっこよさがあった。
誰よりも早く試運転に出て、陸(おか)の上ではペラやエンジンとにらめっこ。控室でのんびり休んでいる姿を見たことがない。
そして、何よりも負けず嫌い。大敗してピットに引き揚げると悔しさありあり。控室に戻ってからほどなくすると「ペラと遊んでくるわ」と言って試運転に取りかかった。
勝ったら勝ったで「たまたまだよ」と対戦相手への敬意を忘れない。スタートや旋回スピードは若手と遜色なく、道中のライン取りも実に巧みだった。
レース後に競技本部に呼ばれて航法等で何らかの注意を受けた後、「息子みたいな歳の競技委員長に注意されたくないわな」と冗談とも本音ともつかぬ言葉を取材陣にぽつり。時折にじみ出るちゃめっ気にほっこりとさせられた。
「ピットで休まない人」「背中で語る先輩」「威張らない人」…など、静岡支部レーサーをはじめ多くの後輩の尊敬を集めていた正真正銘の人格者は、ボートレース界初の喜寿レーサーになったことについて、「俺はやることがないからやっているだけだよ」と笑って語っていた。それは価値観の表れだろう。
自らを大きく見せたり、権威を振り回したり、承認欲求を前面に出したりすることがまったくない人であった。
ボートレースという競争の世界にあって、自分を押し出したり、肩ひじ張って他を威嚇することなく59年4カ月もの長きにわたり戦い通せた背景には「ボートレース愛」があったのは間違いない。昔から高塚清一さんをよく知る同世代の一般の方々が「高塚はほんとうにボートが大好きだからやめたら死んじゃうよ」と言っていたが、これに対し「おいしい酒を飲みたいだけ」と返していた。それはとりもなおさず、「一生懸命レースに打ち込んだあとのお酒はおいしい」と言っているのと同じ。根っからのボートレーサーであり、人生を噓なく生き切った静かで大きな人物だった。
ボートレーサーが語っていた先輩・高塚 清一選手の人柄
前述の記事だけではなく、もっとも近くで戦ってきた後輩レーサー達も、先輩である高塚 清一選手の人間性やボートレース真摯に向き合う姿勢について語っていましたのでご紹介します。
またどの選手も高塚 清一選手との思い出など語っており、子供や孫世代の後輩選手からの惜別コメントは高塚 清一選手に向けた尊敬や寂しさを感じる内容です。



関係者の方に聞いてびっくりしました。おやじ(仲口俊博さん)と歳が近かったし、かわいがってもらいました。今でこそマスターズとか年齢を意識するレースが多いけど、77歳まで走っていたことが自分にも励みになるというか、すごいなと思う。自分も高塚さんの年まで頑張ってと言われることがあるけど、あと25年は難しいでしょうね。(登番)2000番台の人が少なくなってきたし、さびしくなりますね。



前検の朝に後藤正宗さんから電話で聞きました。言葉にならないくらい本当にショックです。年齢的にも僕のおじいちゃんくらいですが、地元の浜名湖でも試運転板を付けてずっと乗っていましたし、前節の多摩川でも一緒だったんですが、最後まで残ってペラ調整をされてました。選手のかがみ、静岡支部の誇りです。僕もその気持ちを忘れずに頑張りたい。



自分がデビューして何回か一緒に走らせてもらいました。最年長で仕事に取り組む姿勢を見させていただいて、すごいと思ってました。自分も頑張らないと、と感じてました。ショックです。



あまり一緒の開催になったことはないけど、最年長レーサーとして尊敬してました。ショックでいっぱいです。
特に長い年月ともに競い合った静岡支部長の徳増 秀樹選手や、史上最年長現役女子レーサーの日高 逸子選手のコメントは長文だったため、気になった方はこちらをご覧ください。
【ボートレース】静岡支部長・徳増秀樹「本当に艇界の宝でした」~高塚清一さんの訃報に接して
【ボートレース】静岡支部長・徳増秀樹「本当に艇界の宝でした」~高塚清一さんの訃報に接して
2025年3月3日 17時34分
徳増秀樹 静岡支部長・徳増秀樹の話
尼崎周年の前検日(3月2日)の朝8時半、後藤孝義選手から電話をもらって知りました。ホテルに前泊していたので何もできず、お葬式に支部から花を出すなどのお願いを支部の事務員さんにお願いしてから前検へ向かいました。
高塚さんにお世話になった人は自分だけではなく、いっぱいいます。ああいう人だったし多くは語らず、余計なことは言わない人でしたが、仕事に取り組む姿勢は誰もが認めていました。みんな、背中を見て勉強させてもらいました。
平和島(1月20~25日)で一緒だったんですが、思うように勝てずに「悔しい」と言っていた。そういうところが、あの年齢まで選手としてやれた秘訣、長続きする秘訣だったんだと思います。危ないレースをしない、お手本になる選手でした。
65~70歳のころ、いつ(選手を)辞めようかと思っていたそうですが、体重が58キロから55キロに落ちてきてエンジンが出るようになったんだと言ってました。そういう方です。
浜名湖の県内レースでも、わりと早めに舟を上げて「もういいんですか?」と聞くと「いつまでも試運転していたら、おかしいヤツと言われるから」と周囲のことを気遣ってましたが、宿舎に戻るとずっとレースの映像を見てました。仕事の好きな人だったんですね。
本当に艇界の宝でした。あの人の記録を抜く人は出ないでしょう。それぐらいの宝でした。
かけてあげる言葉は「お疲れさまでした」しかありません。本望かどうかは分かりませんが、選手中に辞めることができて良かったんじゃないでしょうか。できれば、皆さんもご冥福(めいふく)を祈ってあげて欲しい。
【ボートレース】史上最年長現役女子レーサー日高逸子「高塚さんは別格だし怪物」~高塚清一さんの訃報(ふほう)に接して
【ボートレース】史上最年長現役女子レーサー日高逸子「高塚さんは別格だし怪物」~高塚清一さんの訃報(ふほう)に接して
3/3(月) 20:28配信
日高逸子 日高逸子の話
とにかく残念です。選手は皆、高塚さんは別格だし怪物だと言ってました。あの年齢まで選手をやれるのは、とても難しい事です。年齢と共に身体能力は落ちる一方なので。私は最近、いつも辞める事を考えながら走っています。でも高塚さんの事を聞かされる度にもう少し頑張ろうと思わされてきました。高塚さんは選手の励みの存在でもありました。4月の津の斡旋も一緒だったので、パワーをもらえると楽しみにしていましたので、本当にとても残念です。
でも、ボートが本当に好きで、今まで続けてこられたのでしょうから、とても幸せな人生だったのでしょうね。表彰式に出て戴きたかったのですが、出られなかったのも高塚さんらしいです。私も2年くらい前、ファンの方から頼まれてサインをお願いしたのですが「俺なんかサインするような選手じゃない。植木に頼め」と言われて断られました…でも逆にそれも高塚さんらしくて素敵だなと思いました。
それは戸田ボートだったのですが、その時も3コースから鮮やかに捲って1着を取られました。それなのにすぐその後もバタバタとペラを叩いておられました。私ならもうそのまま、そのペラで後半もいくのに…先輩は凄いなと思っていました。
引用元:【ボートレース】史上最年長現役女子レーサー日高逸子「高塚さんは別格だし怪物」~高塚清一さんの訃報(ふほう)に接して
同期(20期)の注目選手
2025年3月3日現在、高塚 清一選手の同期である「20期」で現役を続けられているボートレーサーはいません。
すでに全員現役を引退しており、2025年3月現在で“現役最年長記録”を有しているのは、32期の高橋 二郎選手(2538)で、それに続くのが43期の富山 弘幸選手(2878)です。
高塚 清一選手のデビュー戦
高塚 清一選手の初勝利
高塚 清一選手の初優勝
高塚 清一選手の獲得賞金
高塚 清一選手のこれまでの獲得賞金は次のとおりとなっています。
2000年後期以降の記録になりますが、その当時から高塚 清一選手はA1級で活躍しており、何度かA2級とB1級を行き来することはありましたが、2014年後期にB1級へ降級するまで、約45年以上もの長きにわたってA級へ昇級できるほどの素晴らしい成績の持ち主でした。
しかし、2014年後期にB1級へ降級してからはA級に返り咲くことはできず。
同様に2022年後期の勝率4.82以降は徐々に勝率は低下して、2025年前期には自己最低勝率3.80を記録しています。
2000年後期には優勝1回・優出5回という好戦績を積み上げて、自己最高勝率6.36を記録。
さらに直近では、2023年前期に優出1回の戦績と勝率4.61という成績を残していました。
2014年4月15日~20日に唐津競艇場で開催された「G1・第15回 マスターズチャンピオン」に出場して以降、G1競争への出場歴はなく、2013年1月29日に常滑競艇場で開催された「一般・ウインターカップ」以降は優勝歴もありませんでしたが、ずっと一定以上の成績を維持しながら、一般戦を中心に活躍を続けていました。
そのため、もちろん獲得賞金も全盛期よりは減少していることが予想できると思います。
年度 | 級別 | 賞金ランキング | 獲得賞金 |
---|---|---|---|
2025年 | B1 | 1,338位 | 1,526,000円 |
2024年 | B1 | 1,373位 | 8,926,726円 |
2023年 | B1 | 1,097位 | 12,736,000円 |
2022年 | B1 | 1,065位 | 12,623,000円 |
2021年 | B1 | 1,003位 | 12,372,000円 |
2020年 | B1 | 997位 | 11,912,800円 |
2019年 | B1 | 930位 | 12,065,000円 |
2018年 | B1 | 980位 | 11,204,959円 |
2017年 | B1 | 1,053位 | 10,479,000円 |
2016年 | B1 | 781位 | 11,968,000円 |
2015年 | B1 | 728位 | 12,354,000円 |
B1級ボートレーサーの平均年収は約1,100万円といわれています。
高塚 清一選手は2014年後期以降はずっとB1級だったため、今回の比較対象は直近の期間が最も長かったB1級レーサーの平均年収1,100万円とします。
直近3年間(2025年を除く)のデータから算出した平均年収は、約1,143万円程度。
2024年に獲得賞金額が大幅に減少しているものの、B1級ボートレーサーの平均金額とほぼ同額くらい。
直近3年間の平均年収をひと月に換算すると、75歳を超えての月収が約95万円越えですから、かなりの高収入です。
このような結果となった理由は、2021年と2022年の獲得賞金額がB1級の平均金額よりも100万円以上多かったことです。
2023年は出走数が2017年以降でもっとも多く、さらに一般戦で1度優出を果たしたことで、最近では最も高い獲得賞金額を記録しました。
ちなみに、直近10年間の平均年収を計算したところ、ボートレーサー全体の平均年収とほぼ同額の約1,166万円となりました。
一般的な70代以上の男性の平均年収は約343万円とされていますので、高塚 清一選手の平均年収は約3.4倍の金額に相当します。
さらに獲得賞金額が最高額となった2023年は、年間出走数が214走と多く、そのうち1着数が16回。
「一般・薄暮だョ!第5回 B級名人大集合 マクール杯」で優出して“歴代最年長予選突破記録”を更新したことで、直近10年間の中では最も高い獲得賞金額を記録しました。
近年(2025年は除く)は獲得賞金額が1,200万円前後で推移していたようですが、ここ10年間の獲得賞金額に大きな差がないというのはものすごいことだと言えます。
その根底には大きなケガや病気などによる長期欠場がないことが大前提であり、1着数こそ減少していたものの、70歳を過ぎてからも年間に200走前後の出走数を維持し続ける過酷さは容易く想像できるものではありません。
“継続は力なり”とはまさにこのことで、この獲得賞金額の推移こそ“日々の努力”と“セルフメンテナンス”の賜物ではないでしょうか。
しかしながら、これはあくまで67歳以降の獲得賞金額の推移であり、全盛期の優勝歴・優出歴のあった時期の獲得賞金額はもっと高額だったことは容易に想像できるでしょう。



ボートレーサー全体の平均年収は1,700万円といわれています。
まとめ
高塚 清一選手、デビューから約59年3か月もの長きにわたってのご活躍、本当にお疲れさまでした。
昭和・平成・令和の3時代を走り抜け、素晴らしい活躍とボートレースの楽しみをたくさんのファンに提供したとともに、多くのファンから愛された選手ということがよく伝わってきました。
残念ながら、SG競争やG1競争での輝かしい戦績とはいきませんでしたが、数々の“歴代最年長記録”の更新に加え、かまし屋としてセンターやアウトコースから進入時にスリットで先手を取って、内側の艇をつぶすように旋回する戦法でファンの心をしっかりと掴み、不断の努力でボートレースの人気を長年支え続けた選手。
最後に、高塚 清一選手について調べる中で心に残る記事があったのでご紹介します。
この記事は当時“歴代最年長優勝”を果たした後に高塚 清一選手がインタビューで語った内容です。
最年長Vって言われるのは、あまりうれしくないね(笑い)。
優勝自体はうれしいし、みんなに『おめでとう』って言われて悪い気はしない。
ただ、人間50歳を過ぎたら、もう誕生日はきてほしくないよ。
今の僕は線香花火の最後の火花。僕にはSGレーサーのようなプライドもない。
もうバカにならなきゃ、この年までやっていられないよ。
『今の僕は線香花火の最後の火花』というフレーズがとても胸に響きました。
線香花火の激しく鮮やかな火花はきれいで華々しい一方で短命。
しかも、突然落ちてしまうことも珍しくはありませんよね。
逆に少し寂しさを感じる落ち着いた火花は趣があり、“最後の最後まで…少しでも長くみていたい”と願うのが人の心でしょう。
まさにその感情は、高塚 清一選手の走りに対して私たちが感じていた気持ちに近いのではないでしょうか?
“静かで穏やかな火花のような闘志”と“大きなケガや病気をすることなく、安定した走りを継続して長く続ける姿勢”こそ、線香花火を最後まで落とさずに終わらせる難しさに似ていると感じるとともに、だからこそ、こんなにも人々の心を惹きつけたのだと感じずにはいられません。
今まで本当におつかれさまでした。
そして、弛まぬ努力で挑戦し続ける姿を見せ続けていただき、ありがとうございました。
きっと、そのカッコイイ背中に勇気づけられた多くの後輩選手やファンが、“高塚選手も頑張ってるんだから、自分も頑張ろう!”と気持ちを奮い立たせたに違いありません。
競艇史に大きな一歩を遺した高塚 清一選手を応援できたことを幸せに思います。
これまでの約59年3か月間という長きにわたるご功績に敬意を表し、レジェンドが遺した偉大な記録と記憶の数々に感謝を申し上げるとともに、最後まで「生涯現役」を貫いて旅立った、高塚 清一選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
**2025年3月5日追記**
2025年3月5日、「BOAT RACE公式サイト」内にあった、高塚 清一選手のプロフィールページが削除されたことが確認されました。
これによって、日本モーターボート競走会に登録消除届が受理されたこと、選手登録の削除が行われたことが確定しました。




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